鈴木敏夫とジブリ展

水曜日は授業が朝から4時まで連続するという一日です。授業を終えると、もう立っているのもやっとという状態になるのは情けない限りで、かといって座ると途端に舟をこぎだしてしまいます。

しかし、今日だけは、その体に鞭打って、授業終了と同時に外に駆け出しました。行先は京都文化博物館、4日前に敢え無く断念した、特別展

suzukitoshio-ghibli.com

見学のためです。授業の休み時間に問い合わせの電話を入れたところ、今日は大丈夫とのことで、紫野から三条高倉の京都文化博物館に駆け込みました。

前回挑戦は、土曜日ということもあってか、敢えなく挫折しました。2時ごろに現地近くに差し掛かったところ、三条烏丸あたりから親子連れが道にあふれて

「今お渡しできるのは18時からの会の整理券です」

という恐ろしい事態だったためです。しかし本日は、待たずに中に入ることができました。スタジオジブリを支えてきたプロデューサー・鈴木敏夫氏の個人史を探るような構成で、これはお子さんにはしんどいかなぁ、という構成でした。実際、中でお会いした知人のお子さんは、すっかり飽きてしまっていました。とはいえ、私のような人間にはとても楽しい内容でした。

第72回日本西洋古典学会@京都大学参加記

6月18日更新

京都大学で行われた、西洋古典学会に参加してきました。参加「しました」ではなく、参加「してきました」としたのは、実際にその場で行われた学会に、直接赴いて、発表を傍聴してきた、ということです。

これ以前に会場で行われた学会・研究会への参加は、2019年12月の古代史研究会大会が最後でした。実に、2年半ぶりの、学会参加です!

「ハイブリッドで行いますが、オンラインと対面のどちらで参加しますか?」

という確認アンケートが、直前に事務局から回ってきた際には「対面で!」と即答したものです。何より、会場の京都大学は自宅から徒歩十分ですから。会場には、馴染みの研究者の皆さんがそこそこ来ていまして、近況報告やあいさつ回りで休憩時間も忙しい時間となってしまいました。もちろん、とても楽しく充実した「忙しい」休憩時間でしたが。

残念だったのは、発表者の少なさでしょうか。考えてみれば、私も今年に入るまで、今回の会場が京大であることをすっかり失念していたくらいですし、昨年の報告者締め切りの時点では日韓中シンポで頭が一杯だったこともありますし、致し方のないところもあるでしょうか。これなら、昨年のシンポジウムでの発表を焼き直した発表をしても許されたのだろうか、とふっと思ってしまいました。

やっぱり学会は対面が楽しいなぁ、とあらためて思い出した、2日間でした。

3年ぶり、春の古本祭り@みやこめっせ

5月22日更新

昨年・一昨年と中止になってしまった、ゴールデンウィーク恒例・みやこめっせの古本祭り、今年は無事に開催されました。私は初日の5月1日に愛宕山に登っていたため、2日目と最終日・5日の2度の参加でした。今年は初日が日曜日だったので、たぶんこの日に研究者の皆さんは集中したのでしょう。そうはいっても、2日には出身校の前々学長・渡辺先生にお会いしました。いつもながら、お会いすると背筋がピンと伸びてしまいます。

さて、今年はしかし、大きく変わったところがあります。これまでの春の古本祭りの名物は一か所にレジを集中させていたことで、このためにレジ前は長蛇の列だったのですが、今年は夏・秋と同じく各店舗での精算となっていました。やや支払いが面倒になったかな、と思います。今回は洋書の掘り出し物は見当たりませんでしたが、購入した書籍の一部を。

手許に無い状態が続いていて、ずっと探していました。

 これも必要かな、と。

おっと在庫切れですか。

雨中の愛宕山詣り

5月22日更新

海の彼方に思いを馳せる日が続くという状態は変わりませんが、寓居のある京都近辺でも、足を運んでいないところが多くあります。その一つが愛宕山でした。私にとっての山登りの師匠であるワラーチ職人・高田マイスターの音頭による愛宕山ハイキングに二つ返事で参加したのは、そんな事情があってのことです。当初予定は愛宕山ではなく伊吹山でしたが、当日が雨天なので愛宕山に変更になったという次第です。

雨だったら、伊吹山をやめて愛宕山に変更する(愛宕山も雨だが)というのは、なかなか恐ろしい話ではありますが。

さて、しかし当日は大ポカをやらかしてしまいました。集合場所は阪急嵐山駅、そこからバスで愛宕山だったのですが、何故か嵐山を桂駅と脳内誤変換しており(理由は不明)、気づいたときには、すでに嵐山駅からバスが出発している時間で、桂駅で血の気を失いました。次のバスは実に40分後ということで諦めかけましたが、他の面々は月輪寺を経由する遠回りなので、これだけで遅れても表参道から行けば間に合うとのことで、後から追いかけることを決断しました。

そうはいっても、雨中です。バスを降りてレインポンチョをまとい、表参道をひた歩いて登っていくと、外気の寒さと裏腹に、一気に暑くなってしまいました。サウナスーツを着て登り坂を歩いているようなものですから、当然といえば当然でしょうか。そしてひたすら歩むこと2時間ほど、愛宕山の本殿入口のところで、一同そろって記念写真というところで合流しました。考えようによっては最高のタイミングでの合流で、他の皆さんは大いにウケていました。私はといえば、意気上がるならぬ息上がっておりました。

本殿まであと一息

先行組と無事合流して下り道


ここからは先行組と合流して、他の皆さんは未踏の、私にとってはもと来た道を歩いて降りていきます。途中で雨も上がり、鳥居をくぐってこれでお仕舞いかと思ったら、そんな甘いことで済ませるこの一行ではありませんでした。ここから一部川沿いの東海遊歩道を歩いて、嵐山に出たのです。

泥で汚れた足を洗う一行。ほぼ全員、ワラーチでの挑戦でした。


嵐山では、本日の参加者唯一の女性・ジュンさんの知り合いがやっているというゲストハウスでお茶とケーキをごちそうになりました。ずいぶんと人手が増えてきたと感じる嵐山で気になったのは、かつて京都府立大学のバスの運転手だった出口さんが営んでいたそば屋「そば祥」の解体工事です。このゲストハウスでお話を聞いてみると、どうも最近、解体が始まったとのことです。おいしいところだったし、宿泊客には必ず勧めていたんですが、というお話を聞きながら、ふと往時に思いを馳せた、ゴールデンウィーク初日の山歩きの締めくくりでした。

春の瀬戸内ふらふら紀行

5月3日更新

青春18切符をフル稼働して、京都から広島~松山~琴平~高松と回ってきました。実はこれまで、松山も善通寺も高松も行ったことがないという状況でしたので、SARS-Cov-2騒ぎで日本から出られない今のうちに、と思い立った次第です。

さて、青春18切符で、ということは京都から広島までは在来線です。そうしますと、7時半に京都を出て、広島着は14時15分ごろです。そして宿に荷物を置くと、自転車を借りて広島城に向かいました。広島城を見るのは、たぶん今回が初めてです。原爆で吹っ飛んだ後に再建された城ということもあり、自然と頭を垂れていました。夜は、大学以来の珍友・山口樹氏(仮称)と、一献傾けました。

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桜で化粧する広島城

平和祈念公園で頭を垂れた翌日は、朝7時過ぎに平和祈念公園近くのホテルを出て、市電で宇品港へ向かいました。ここから松山まで、瀬戸内を航行します。8時15分に広島港(宇品)を出航、呉に寄港した後は瀬戸内を突っ切り、松山観光港に11時少し前に到着しました。

呉港に寄港

港からは伊予鉄道に乗り、JR松山駅を経由して松山市駅に到着したのですが、JRの駅が小さく、伊予鉄の駅が大きくて立派であるのは、事前に情報を仕入れていなければ驚いたことでしょう。松山市駅から松山城は指呼の間にあり、腹ごしらえをしてから松山城に登りました。城は勝山という高い丘の上にあり、「登りました」という表現がしっくりきます。

松山城への登城道。もう「登山道」と呼んでも良い気がします。

松山城:本丸で天守閣を見上げる

城の天守閣が見えた時には、その威容に思わず声を上げてしまいました。同時に不思議に思ったのは、何故これほど立派な城が、国宝指定されていないのかと云うことでした。城内の案内によると、この天守閣が再建されたのは19世紀に入ってから、ほぼ幕末期と築年数が浅いので、国宝認定されなかったということのようです。その分、建物の中はしっかりしていました。そして城からの眺めは非常に良く、松山市内をよく見渡せます。城の近くには愛媛大学があり、古代ギリシア史研究者の齊藤教授に声をかけ忘れていた迂闊さに頭を抱えてしまいました。初の松山で、どうやら浮かれていたようです。

松山城を出た後は、市電で道後温泉に向かいました。そのまま温泉に浸かりたいところですが、なにぶんにも持ち物がなく、この地は通過のみと最初から決めていたため、周囲の宝厳寺や伊佐爾波神社、湯築城跡を見て回ってお仕舞いとしました。

道後温泉本館は工事中

道後温泉駅

道後温泉の後は、JR松山駅に向かう前に大街道の商店街をブラブラしました。京阪バスでアルバイトをしていたころ、松山行きの伊予鉄バスのアナウンスで必ず名前を挙げていた下車地の1つが大街道でした。どんなところかと思ってみれば、大規模な商店街です。ふと昔を思い出しながら、商店街を歩きました。

さて、松山市駅ではなく松山駅から、JR特急の高松行きに乗り、途中下車して琴平に向かいます。どうも乗り換えを間違えたらしく、琴平に着いたころには8時頃。もう殆どの店が閉めており、なんとか開いていてくれた「つるや旅館」敷地内の食堂で夕食を食べ、空腹を抱えてふらふらという事態にはならずに済みました。

松山市駅前路面電車ターミナル

鞘橋。宿から金比羅宮への道すがらにあり。


一夜明けて、金比羅さんを目指します。前に金比羅さんにお参りしたのは2008年の学科旅行で、実に13年ぶりの金比羅参りです。階段は768段あるということですが、これまで鍛えてもらってきた成果の表れか、前に登った時よりも足取りは軽く感じました。もっとも、さらに奥にある奥社の参拝は諦めましたが。その代わりと申しましょうか、階段を降りる途中で、表書院に足を運びました。ここは金比羅宮の別当による、儀式や参拝者応接のための使節だったそうです。円山応挙の障壁画が出迎えてくれました。

金比羅宮にて

旭社

金比羅宮参道

金比羅さんに別れを告げて、次に向かったのは四国遍路の75番札所・善通寺です。寺でもらった案内によれば、ここは弘法大師空海の産まれたところだそうです。事前の調査不足でしょうが、寡聞にして知らなかったのは我が身の無学ゆえでしょう。立派な五重塔が建ち、敷地が広大なのも、道理でしょう。

善通寺の伽藍

善通寺の後は甲山寺(74番)・金倉寺(76番)とまわり、金蔵寺駅から列車に乗りました。さて、それにしてもおかしな参り方をしてしまったものです。単に善通寺参りが本日の目的の1つで、他の札所は善通寺から近いところを回っただけなので、こんな感じになってしまったのですが・・・さて、次の遍路の入りは、2019年の時を基準にするか、はたまた今回の金倉寺を起点とするか、そんなことを考えながら最終目的地の高松市内に入ります。高松駅の目の前にある高松城跡は、玉藻公園という公園になっています。天守閣はありませんが、重要文化財指定されている月見櫓や艮櫓などがあり、また大正時代に建てられた披雲閣もあって、威容を保っています。昔は海に接していたということです。瀬戸内を航行して港に入ると、まずこの城が目に入るという構図だったわけです。

高松城

そんなことを考えながら、市内を少し歩いて、高松駅から列車に乗りました。岡山で乗り換え、さらに姫路で乗り換えて、大阪駅に11時頃到着のはずが、なんと途中で先行列車が鹿をはねた影響を被って、到着が30分遅れてしまいました。久しぶりに宿を取った西成に着いた時には、ヘロヘロになっていました。

春の「鬼の里」訪問

(3月26日更新)

陽気につられて(以下略)。今日は、1月にも足を運んだ大江山・雲原の鬼そば屋に足を運びました。前回は雪景色の中を舞鶴から向かいましたが、今回は京都から日帰りです。

二条駅から山陰本線で園部に出て、乗り換えます。どうしても2時間弱は掛かってしまうこの道すがら思うのは、やはり京都と福知山が一緒の府県に属するのは、違和感があるということです。人の往来も、亀岡を過ぎると一気に減ってしまいます。この園部での乗り換えも、この1年ほどのうちに、以前より遙かに悪くなってしまい、ほとほと参っています。もっとも今回は、そんな平素の感慨はポケットwi-fiを自宅に置き忘れたという大ポカの所為で、半ば吹っ飛んでしまいましたが。

さて、13時少し過ぎに福知山駅に到着しました。以前であれば駅の北口のバスプールに駆け込んで、この電車の到着に合わせて(と、勝手に思っていました)出発する、丹海バスの与謝・天橋立行きに乗車していたのですが、この1年ほどは、それが出来なくなっています。ダイヤが変わり、福知山駅で40分ほど待つ必要があるのです。何とも中途半端な時間で、福知山城と駅を往復するにしては、やや短いのです。もっとも、いまは未だバスがあるからましでしょう。いつこれが廃便になるか・・・というのは、鬼そば屋の七姫との深刻な話題のひとつです。

さて、13時47分に福知山駅北口を出るバスに乗って、鬼そば屋へ行きます。今回は、いつもよりも高校生が多かったと思います。以前であれば定時通りにバスは鬼そば屋の前に着いていたのですが、1月に引き続き、今回もやや定時より押しての到着でした。閉店時間に近い時間の到着ということもあってか、私が最後の客でした。私の到着を待って暖簾を下ろした、というべきでしょうか。

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今回はこちらの定食をいただきました。

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いつもながら艶やかな店内

食事が済んだ後、少しばかり雑談を交わし、七姫の運転で大江山のトンネルを越えて宮津方面に向かいました。丹後・由良保面の海岸沿いを進みました。由良には、かつて嵐山で蕎麦屋を営んでいた、元・京都府立大のバス運転手さんが隠居所を構えていて、そこを訪問したりしました。お元気なようで、久しぶりにご挨拶できました。その後は由良川沿いに福知山市街に出て、京都まで戻りました。

 

春の御室自転車行

3月21日更新

春の陽気に誘われて、御室に自転車で向かいました。目的地は、蓮華寺です。真言宗御室派の別格本山で、石仏がズラリと並ぶ、こぢんまりしたお寺です。

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五智山蓮華寺境内

ただ、真言宗の御室派というと、このお寺のすぐ隣にとんでもなく大きなお寺が総本山としてありまして、仁和寺です。ずいぶんとご無沙汰しておりますので、吸い込まれるように仁和寺にも参拝していました。

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仁和寺中門から二王門を望む。やはりでかい。

広い伽藍の中には無料公開の建物も多くあるのですが、今日から3日間、普段は公開していない、国宝の金堂が公開されているので、拝観料800円を納めて中に入りました。江戸初期(慶長年間)の御所・紫宸殿を移築したものとのことで、これは歴史屋としては見ておかねば、と思った次第です。本堂の中はご本尊の阿弥陀三尊像などの仏様が鎮座するだけで飾り気などはありませんでしたが、それだけに装飾を剥ぎ取った紫宸殿の姿をしっかりと確認できるのは良かったです。外から見ると、現在の京都御所紫宸殿より少し小さいかな?と思って検索してみたところ、やはり仁和寺の方が少し小さいようです(→こちらを参照)。

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仁和寺金堂。普段は非公開。中を拝観できたのは僥倖。

ものはついで、ということで御所エリアにも入りました(金堂の拝観券を見せると700円で入場可)。こちらは明治時代に火災で一度焼け、その後再建されたものです。黒書院が工事中でしたが、宸殿や白書院、そして庭園を見て回ることが出来ました。よく晴れた暑い一日、実によく汗をかきました。

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庭園から勅使門と二王門を見る。