書評:高木徹著『大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード』

大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード (文春文庫)

大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード (文春文庫)

幾度か本ブログで紹介してきた本だが、ようやく読み終わった。
本書は、アフガニスタンにおけるタリバン登場からビンラディンの介入によるタリバンの変質、そしてバーミヤーンの大仏破壊から9.11に至る経過を、この問題に関わったアフガン内外の外交官や関係者の豊富な証言を積み重ねて著された本である。
読んでいてまず思ったのは、
「さすがはNHK、未だ、こんな実力があるスタッフを抱えていたんだな」
という事。実際、NHKの作る番組は、中東関係でも、逝去されたヨハネ・パウロ二世を取り上げた番組でも極めて良質な作品が多い。イスラエルが絡むと「?」といいたくなる番組も多いが。それで、何で中国関係の番組を作ると全て全然駄目になっちゃうんだろう・・・


それはさておき。


著者は、NHKのプロデューサーである。だから、「ビンラディンのメディア戦略」について、TVプロデューサーの視点から解釈と解説がなされていて、通常の物書きの各レポートとは違った角度からの見方を提供するモノであり、非常に興味深い。
そして、本書に説得力を与えているのは、まずは登場する関係者の証言の質と量。著者が(おそらくは番組製作の過程で出会ったのだろう)インタヴューしている関係者は、旧タリバン関係者にせよ、あるいは西側の外交官・文化人であろうと、いずれも理知的で誠実であり、偏見から完全に自由ではないにせよ、その偏見に囚われるほど頑迷な人はいない。なにより、旧タリバン関係者からの証言は極めて貴重である。そのいずれもが理知的で誠実な人物であり、
タリバンは一枚岩の狂信者集団」
と思わせるかのような新聞報道にもの申すのに充分である。
そして、もうひとつ、本書に説得力を与えているのは、著者の誠実さである。良質な証言とそれを支える当時の情勢紹介によって、当時のアフガニスタンを取りまく情勢が非常によく解る。決して事実の羅列ではなく、本の節々には
「何でこんな事になってしまったのか」
という、歯ぎしりの音が聞こえてくるようである。それは、無論の事、本書で取り上げている関係者の証言全てに共通する。そして、その結論は以下の二点。


アフガニスタンに対して、国際社会はあまりにも無関心でありすぎたし、また、今もってなお、この地は見捨てられている」
「この『無関心』という空隙に付け込んだビンラディンによって、タリバンが変質した。もっと国際社会がアフガンに関心を持っていれば、バーミヤーンは崩れ落ちずに済んだのだ」


という事。成る程、と納得させられる。やや平凡な結論かもしれないが、それでも本書の持つ圧倒的な重みは変わらない。


さて、以上のように、まず良書と申しあげて良いが、気になった点が2つ。
まず一つめ。本書を読んでいる時から違和感を感じたのだが、何故か参考文献の中にペシャワール会中村哲氏の著作や証言が一切取り上げられていない。対ソ戦の頃からアフガン・パキスタン国境地帯にいた氏の証言がないというのは、どうなのだろう。
二つめの疑問点。「自爆テロ」という術語は頂けない。これほど海外での分厚い実績を持つ人であるなら、正しくは「自爆攻撃」という言葉を用いるのが正しい事は承知しているはず。ウィキペディアでは、「日本では海外と用法が若干異なる」という理屈をつけているが、やはり間違っているモノは間違っているのであって、正確に「自爆攻撃」という言葉を用いるべきではなかったか。
そんな疑問点も感じたが、当該問題を考える際に基礎的文献の一つとなるべき一冊であるのは間違いない。とはいっても、やっぱり
アフガニスタン?何処ですかそれ」
とか、
イスラームって、やっぱり危険ですよね」
とか訊いてくる人、うちの研究室でも多いんだろうな・・・