書籍紹介:『中国文学のチチェローネ』

中国文学のチチェローネ―中国古典歌曲の世界 (汲古選書 49)

中国文学のチチェローネ―中国古典歌曲の世界 (汲古選書 49)

※8月9日付ミクシィより転載。画像が出ない点についてはご容赦を。

「チチェローネ」とは、イタリア語で「案内」を意味する言葉である。カタカナといえば英語かフランス語が垂れ流されている現状にうんざりしているわたくしにとって、イタリア語というのは新鮮で心地よい。・・・もっとも、イタリア北部ヴィチェンツァ出身のわたくしの親友が本書のタイトルを見たら、「何で日本の本のタイトルにイタリア語が入っているのよ?」と大笑いされそうな悪寒もするのだが、まあそれは良いでしょう。
さて、「チチェローネ」の意味を教えてくれたのは、わたくしに本書を推薦したF女史である。そう教えられて、ふと思い立ってイタリア語の辞書を繰ってみたところ、出て来た綴りは"cicerone"となっていた。発音としては「ツィツェローネ」が近いと思うのだが、それよりもわたくしの目をひいたのは、その語のすぐ上にあった、頭文字が大文字の"Cicerone"という固有名詞である。これは、ローマ共和政末期の政治家・雄弁家・文筆家であり、かのカエサルの友人にして敵手としても高名なマルクス・トゥリウス・キケロのイタリア語形である。一般名詞の"cicerone"は、もともと「キケロのように弁が立つ者」を意味し、そこから転じて「案内(者)」と言う意味に変容したとのことである。中国文学の本のタイトルで、西洋言語に関する寄り道を楽しむことができるなど、なかなか想定外である。
と、余談はさておき。
本書は、詞をメインに扱っている。詞といえば俗文学と称されて研究者も少ないとのことであるが、唐詩・元曲・宋詩などと並び称される、主要な文学なのだそうである。そんなわけで研究書も少ないので、その研究の手引き書を!というのが本書の主旨で、阪大の中国文学研究室を本拠とする壮年・若手の研究者たちの論文集の体裁を取っている。文体としては体言止めを多用し、とてもテンポが良く、リズムに乗って読むことができ、
「詩歌はそもそもの発生から音楽と密接な関係を持つ」
という本書の開扉の章(7頁)での面上喝破を読者に実感させて妙である。また、唐詩を初めとする詩は、わたくしのような歴史学徒にも馴染みが深い読み下しにしてあるが、詞に関しては読み下さず、直接的に現代日本語の口語に訳し下ろしている。このスタイルが中国文学に関する専論を書く際の定型なのか、浅学にして専門外の身には判断し難いところであるが、詞の「大衆文学」としての側面を強く意識していることは、素人にも何となく解る。
なお、まったく個人的な感想であるが、第7章で用いられる「テーゼ」「パトス」のふたつの言葉に、思わず反応してしまった。見逃せば何ということもないのだが、この言葉に反応し、思わず脳内で「残酷な天使のテーゼ」を再生してしまうあたり、わたくしは紛れもなく、当該箇所の筆者と同世代の人間である。・・・エヴァンゲリオンは、どうも好きではないのですが(笑)・・・えー、この感想、間違っていたら即座に謝罪の上訂正しますので、関係者の方はご連絡下さい。