蔵出し書評:J.D.Grainger著、Alexander the Great Failure

Alexander the Great Failure: The Collapse of the Macedonian Empire (Hambledon Continuum)

Alexander the Great Failure: The Collapse of the Macedonian Empire (Hambledon Continuum)

「(セレウコス朝の)アンティオコス三世の伝記を書こうと書店に提案したら、ネロとかカリグラみたいな、如何にローマ皇帝とは言っても、半分気違いの上に、大して重要じゃない奴の伝記の執筆を提案されて、腹が立った」

・・・と、これは本書の著者たるグレインジャーが2002年に出した本、The Roman War of Antiochos the Greatの序章で書いたコメントである(一部改めているが大意はこんな感じ)。彼の書いたセレウコス朝関係の書籍は有効なものが多いが、上記紹介文から考えて、アレクサンドロス大王のような大物を主題に据えた本を書くとは意外だった。「そんなガラの人ではない」と思っていたからである。ちなみに、彼の処女作はセレウコス一世の伝記である。

しかし、本書を入手して疑問は氷塊した。大王の名前をタイトルに入れているが、その実、大王の父・ピリッポス二世登場から、大王の死後の「後継者」戦争が終結するまでの長い時期を取り扱っているのだ。そのため、表題から想定されるような、大王の「伝記」てき研究ではない。むしろ、実際には大王の事績について割かれたページは少ない。従って、大王の名は客寄せパンダ代わりに使われている、とまで言ってしまって過言ではない。

かといって役に立たない本であるのかというと、そんなことは全くない。大王登場の背景から「後継者」戦争までという、かなり長い時期を簡潔に取りまとめてくれており、非常に有効。同時に、大王についての記述を限定することによって、大王の存在を特別視しがちな、通常の大王の伝記的著作とは一線を画している。そこには、

「大王の存在にばかり目を向けないで、彼も含めた歴史的状況全体に目を配って欲しい」

という、著者の思いが込められているように思った。
なお、そろそろペーパーバックが出るみたいで、そちらの方がよりお求めやすい値段となっております。ということで、紹介は近刊のペーパーバックでやりました。拙宅にはハードカヴァー版が転がっておりますが。