『漂流するトルコ』紹介:改稿

9月12日付「亭主消息」にて公開した、小島剛一氏著『漂流するトルコ』の紹介記事ですが、その後、著者ご自身よりのご指摘もあり、私自身でも不足に感じたところを加筆・修正いたしました。今一度、お目を通していただけますと幸いです。
※その後、10月19日に修正。

漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」

漂流するトルコ―続「トルコのもう一つの顔」

名著『トルコのもう一つの顔』の出版より20年近くが経過し、我々は再び、新たなる名著に接することができた。今、私はそのことを、心の底から喜ばしく思う。そしてこのことは、本書に接する人すべての幸福であることを確信する。
現代トルコ論の名著、小島剛一氏の『トルコのもう一つの顔』が出版されたのは、1991年のことである。私がその存在を知ったのは2003年、前川健一氏の『旅行記でめぐる世界』を通じてのことであった。
フランス・ストラスブール大学で博士号を取った言語学者による地道な実地調査と、その中で出会った人々との触れ合いから産み落とされた、珠玉の一冊。旅行記としても秀逸だが、そこで語られている情報は時を経るに連れて、今度はさらに、資料としての重みが増加してくるという、まさしく名著。『トルコのもう一つの顔』を一読しての私の感想は、そうしたものであった。その圧倒的な存在感に、すっかり魅了されてしまったということである。
そのとき、私が思ったのは、以下の二つのこと。−いや、実はこの二つは同一であるが。
「早く、この本の続編が読みたい」
「何故、この本の著者の消息は、ほとんど不明なのだろう?」
そう思い始めてから、7年がたった今、・・・ようやっと、待ち望んだ、続編が世に出されたのである。実際の執筆年からは、実に20年の月日を経ての、新著の刊行なのである。我ながら遺憾なのは、エディンバラ滞在中に出された本であるため、同書の出版を知ったのが、実に刊行後1年も経ってからだったことである。
さて。
著者も、こうした事情を充分に承知しており、本書においては
「前著からの継続」
という側面を、非常に強調している。本書の序盤では「前著」である『トルコのもう一つの顔』の執筆の様子が活写され、その出版に至るまでの軌跡が述べられる。編集の都合で、抑制的な筆致に改められたとの描写には唸った。当人は不服のようだが、その努めて平静を装う筆致によって、逆に行間に筆者の熱情が溢れ出し、却って名著としての質を高めているというのが、私の感想であるのだが。
一方で、筆者がしばしば、トルコ当局からの干渉を受けているという告白は、自然なものと思われた。それだけに、一度はトルコからの国外追放の憂き目にあった筆者が、再びトルコに入国して調査を重ねる機会を得た、との報告には、驚いた。その驚愕は、筆者も同様であろう。驚愕と歓喜、その入り混じった、溢れる思いは、第五章「再びトルコの土を踏む」の章に横溢している。とりわけ、「少年と折り紙」の節など、私は読む度に、涙腺が全開になるのを抑制するのに必死になる。多分、筆者も、そして筆者に折り鶴の作成を依頼した薬局の主人も、涙していたのだろうと想像する。だって話が優しすぎる。
それと同時に。
本書を彩る特徴は、驚くほどの刹那的筆致である。すべての記述が、
「来るべき再度の、そしておそらくは無期限の入国拒否」
に向けて展開しているといっても過言ではない。それは、言語という問題が、優れて民族/国民国家形成という、近代的課題と不可分のものである―という事情と密接に関連しているだろう。筆者が優れた少数言語の研究者であるということは、トルコという
「近代化という特殊時代的要請の中で、アタチュルクという傑物が強引に組み立てた国家」
にとって、きわめて危険なものとなり得る。
こういった事情を考えてみた場合、
「現在のトルコは内戦状態」
という彼の指摘は、万鈞の重みを持つ。多くの(少なくとも、私が現役だった2000年ごろまでの)バックパッカーが、おそらくは理想とするであろう
「現地に密着した旅」
を例外的に実践し得ている人だからこそ吐けるこの一言には、旅人としても、研究者の卵としても、畏敬の念を禁じ得ない。
そして。
再度の入国から十年後の2003年、筆者は覚悟の通り、二度目の国外退去という憂き目に遭う。そしてそれから7年後、筆者は本書を世に問うた。その導入部分を『旅行人』誌で見たときの、あの血が沸き立つような興奮は、到底忘れられない。
繰り返しになるが、最後に感想を、改めて。
我々は今、現代トルコ論の名著を得ることができた。その名著を、日本語で読むことができること―その幸福を改めてかみしめたいと思う。