ボロボロになった覇権国家(アメリカ)作者: 北野幸伯出版社/メーカー: 風雲舎発売日: 2005/01メディア: 単行本 クリック: 10回この商品を含むブログ (16件) を見る

二番目の記事にして、早くも「蔵出し」です。
この書評自体は、2006年の2月に書いたものですけれども。
出版年は2005年ですが、その内容はちっとも古くありません。現代世界を見る上では、おそらく日本では最良のテキストであるとの確信は、今でも変わっておりません。
では、本文をご覧下さい。



私が現在講読している無料メールマガジンの数は多いとはいえないが、そのうち一つが北野氏が発行している『ロシア経済ジャーナル』である。それらのメルマガをまとめ、整理したものが本書である。出版は昨年1月であるが、内容については大体の想像が付いていたという事もあり、また行きつけの書店であるアヴァンティブックセンターの店頭に何時まで経っても並ばないという事情もあって、ついつい手を出しそびれていた。
しかし、考えてみれば本書の値段1500円は、せいぜい新書や文庫本の二倍強に過ぎない。それに、著者のメルマガは、私が現在の国際情勢を観察・分析するにあたって、カイロのアモーレまる氏の記事と並んで最も信をおくものである。ならば、本書の値段はむしろ格安といって良いのではないか?そう考え、遂に生協に注文するに至った。注文から3日ほどで入荷し、読了までには一週間とかからなかった。


本書の第一の特徴は、何と言っても著者の
「きれい事を言わない!」
という徹底したスタンス。
「外交にあたっての国のスタンスは『金儲け』」
「日本は、アメリカ『幕府』の『天領』」
といった、日本の生真面目で純真な学生や学者が読んだら引いてしまいそうな台詞がズラズラと並んでいる。
特徴の第二は、著者の経歴と立ち位置。1990年にモスクワのエリート養成専門学校に留学し、卒業後現在に至るまでモスクワに居をおく一方、ロシア・カルムイキヤ自治共和国の大統領顧問を務めているとの事である。従って、ロシア連邦の上層部と関係が深く、また西側諸国(とりわけ、日本の知識人たち)を縛る
「民主・共和制こそ絶対的正義」
という視角から自由である。
なにより、ソビエト連邦の崩壊を眼にしているという点は大きい。私は、こういう経歴を持っている人の意見は大体信用がおける、と考えている。
そのような経歴から、彼の見方はロシア国政を動かすクレムリンの人間たちがどのようなものの見方をしているのか、という点に関する認識が深い。
無論、そのような経歴から、彼がクレムリンの日本向けの代弁者に過ぎない、との見方も可能であろう。しかし、そうであったとしてもさほど問題とする事ではない。というのは、北野氏のメルマガや著書における国際情勢分析は、極めて正確に物事を見通しているからである。
共同通信発の外電などをみていると、プーチンの支持は低下しているような印象を受けるであろう。ところが、北野氏のメルマガを講読している人間にとっては、それが殆ど的はずれの見方である、という事を知っている。というのは、ロシアの人々は、自国を滅茶苦茶にした自由主義経済や民主主義にアレルギーを抱いている、との分析を手にしているからである。つまり、独裁者でも自分たちを豊かにしれくれるのならば、全く問題にならない。何と言っても、今ロシアでは国家を作っている真っ最中なのだ。問題は、政治のやり方が独裁的であるかどうかではない。国を作るのに有効であるのかどうか、国民が豊かになるためにはどのような手法が有効か、それが問題なのである、と北野氏は語る。
個人的な経験でいうと、5年前にロシアのウラジヴォストクに一ヶ月ほど滞在した時に、ロシアでは未だ市場経済が成立していない、と感じた。それに、民主主義の概念が確固たる支持基盤を持つ前に、共産主義国家が成立してしまったのがロシアである。そんな国で、民主主義や市場経済が絶対的な価値を持ち得ないのは当然だろう。
ついでにいえば、独裁的であるはずのプーチンの支持率は圧倒的である。つまり、如何に非難されようと、彼はまさしく民意を得た指導者なのである。その点を、日本の新聞だけを読んでいると忘れそうになる。危険な兆候である。


さて、本書については殆ど穴がないが、同氏のメルマガについては唯一、難点があると考える。それは、中国に関する分析である。どうも、この国の内政に関してだけは、やや分析が甘いのではないかと思う。すなわち、チベットウイグルなど、中国国内の少数民族が人民政府や漢族に対して抱いている憎悪を、些か軽く見すぎではないかと思うのだ。中国の国策は、少数民族の文化をローラーにかけて叩きつぶしているようなものである。


ただし、繰り返すが、それ以外の点においては(彼のメルマガ自体に関しても)殆ど穴がない。出版から一年というタイムラグは、逆に北野氏の見解とこの一年間の世界情勢の推移を比較する事を私に可能とさせ、その結果、北野氏の見解の正確さを、一層深く確信する事となった。
現在の国際情勢を見るためには、不可欠の一冊という事が出来よう。
1500円は、破額の安価といって良い。もし内容について知りたいと思うのであれば、メルマガ『ロシア経済ジャーナル』のバックナンバーを読まれると良いだろう。その記事を読み、北野氏の分析が信頼に足るものであるかどうかを見定めてから、書店に注文を出せばよいだろう。
それにしても、一年前に出た本なのに、未だ初版・・・再販予定あるのかな。