旅は、単なる娯楽か?

財務省は28日、来年度予算で文部科学省奨学金事業予算を削減する方針を固めた。奨学金を遊興費に転用する学生が目立ち、苦学生支援という奨学金本来の意味が薄れつつあると判断している。(中略)財務省によると、奨学金を電話代や海外旅行費など勉学以外の目的に費やす奨学生が増加傾向にある。これに対して勉学費や書籍購入費は大幅に減少しており、財務省奨学金が勉学よりも娯楽に振り向けられているとみている。(以下略、産経新聞


産経の記事だし、信は置けないのだが。
不快だから取り上げたのだが、この記事で最も不快だったのは、海外旅行を単なる娯楽として片付けているかのような書き方をしている事。
いや、確かに娯楽だけどね。
しかし、私にとっては海外旅行は、単なる娯楽ではない。例えば中国。硬座に乗って十数時間揺られながら窓外の光景を眺め、車内で騒ぐ人民の姿を眺めているだけでも、机の上で学び、憧れてきた中国とは全く違った、現実の姿を観察する事が出来た。
いわば、その行為によって自動的にフィールド・ワークになるのが、旅なのだ。勿論、ツアーではそんなわけにはいきませんで、じっくり物思いにふけるヒマすらないのが実情、とは半年前のツアーで思い知っているが・・・何だかこの記事、海外旅行ではツアーを推奨してバックパッカーを圧殺したがっている政府の現状と表裏一体になっているように勘繰ってしまう。
ちなみに、これまでの海外旅行で一番じっくりと(意地悪く)観察してきたのは、パックツアーに参加している同胞の姿。はっきり言って、見られたもんじゃありませんぜ、あれは・・・