前期オンライン授業のまとめと雑感

5月から8月までのオンライン授業で担当した、各大学での英語の授業での雑感を列挙したものです*1。雑感ですからまとまりはありません。後期開始前に、取り敢えず整理しておきます。なお、私は前期のオンライン授業開始にあたり、オンデマンドを軸としました。これは、先行して授業を開始された方々による「回線過熱」のレポートを見て、同時双方向の授業は危険であると予測したためです。実際には同時双方向の授業もありましたが、そうした私の基本方針を頭に入れて読んでいただけると幸いです。

 (総論)オンライン授業により明らかになったこと:これまで推進されてきた「使える英語の習得」という目標の脆弱性。具体的には、後で述べるように「読みに特化した英語習得は時代遅れ」「話せなければ意味がない」という思い込みに依拠し、「改善」を目指し邁進したことのツケが、如実に出た。

(各論)

  • 常に要請される、Wi-fiトラブルや回線過熱による授業参加不可能な学生への配慮→同時双方向性という、聞き取り及び会話練習で不可欠な前提の崩壊
  • 「話せなければ意味がない」という前提の崩壊←英語を話す生身の相手が不在な一方、日本と海外との情勢比較に欠かせない、英文情報を「読む」技術の重要性は不変
  • 「古色蒼然」と退けられてきた「読み」「書き」学習と意義の相対的浮上→手法が確立していて少々のタイムラグが生じても問題ないため、オンデマンドでも同時双方向でも、予習・解説およびその後の質疑応答を通じた学習継続が比較的容易。「意義の浮上」については既述の通り
  • 「使える英語」の強化目標とされてきたスピーキングおよびリスニングの相対的低下→回線の問題を考えるならば、同時双方向を前提とする聞き取りおよび会話の訓練は、オンラインには不向き
  • 「使える英語」の習熟度を測る指標とされてきたTOEICの地位への疑問の増大→TOEICは、リスニング評価が突出している(リーディングとライティングとスピーキングは事実上存在しない)試験であるため、リスニング強化が困難なオンライン授業では対策が困難

まぁ、総括としてはこんなところです。言いたいことは最初に示した通りなのですが、今回の事態で改めて痛感したのは、特に大学での人文学の役割が「本の読み方の習得」であるということです。その基本的な方向性に沿った授業はともかく、そうでない授業、とくにTOEIC対策の授業はスッカスッカになったというのが、実感です。

新型肺炎Covid-19をめぐる混乱のなかで、ネットに振り回されてのいわゆる「コロナ脳」の引き起こす混乱が、非常に多いように見えます。ここはひとつ、本の読み方をじっくり学びましょうや。本を読むとは「目次による全体把握」および「本文を総合的に/総体としてとらえる、筋のたどり方」の習得です。一方、インターネットというのは、ひたすらに「索引検索」です。この索引のつけ方が恣意的なものであるか否かを見分けるためには「全体像の把握」のための技術が欠かせません。

  • TOEICの試験で頻出のお題に「e-mailのやりとり」があって、IELTSのリーディングでそんなものを見たことがないということ
  • 英語圏留学試験にあたってTOEICが歯牙にもかけられず、現在の日本の風潮からすれば「古色蒼然」と退けられそうな形態のIELTSが「正規試験」の地位を譲らないこと

以上の事実を上記雑感と照らし合わせて『実用的とは何か』という問いを立てるならば、今後の英語教育、とりわけ大学での必修の英語の授業を組み立てるうえで、ひとつ指標になるのではないかと思うのです。

*1:もとはFacebookに書いたのですが、Facebookのnote機能の編集・閲覧に不具合を来すようになってしまいましたので、こちらに移動します(12月31日記)